2004
vol9

 シリーズ・団塊世代よ、帰りなん、いざ故郷へ!
 第11回―「自分の居場所は『バンカーズパートナー』」―

 自分の居場所は『バンカーズパートナー』
―国際キャッシュカードの普及に挑む大東敏治社長―

【プロフィール】
 1948年広島県生まれ。バンカーズパートナー代表取締役社長。
72年一橋大学社会学部卒業、JTB入社。旅行積立プラン「たびたび」で日経最優秀製品賞、デパート共通商品券「ナイスショップ」で日経優秀製品賞を受賞。その他「ハワイお天気保証」、「年金旅行プラン」など、ヒット商品の仕組み作りを得意とする。1997年12月に自ら起案してJTBと共同出資で、バンカーズパートナーを設立、現在に至る。
企業内起業家として知られる。小説「辞表撤回」(高杉良著、講談社文庫)の主人公。
http://www2u.biglobe.ne.jp/~daito1/

 あの辛口評論家の佐高信氏が、大東さんを「団塊の星」と賞賛した。佐高氏は、大東さんが主人公の小説「辞表撤回」の解説で次のように書いている。「この作品はサラリーマンをエンカレッジする作品である。こう生きている男もいると思うだけで、心あるサラリーマンは励まされ、勇気付けられる」

▽完全な落ちこぼれ社員
 プロフィールを読む限り大東さんは、バリバリのエリートコースを歩んできたとしか思えない。しかし、実際は違う。「入社して10年間、新宿、池袋、横浜支店でラインセールをしていましたが、完全な落ちこぼれ社員でした。仕事が面白くなかったし、同僚がてきぱきと仕事をこなしているのに、自分はうまくいきませんでした」
 「営業は、自分には向いていないと口に出していました。生産性が低いとか、知的レベルが低いとか、文句ばかり言っていました」。とんでもない失敗もしている。
バンコクでツアー客のパスポートをセーフティボックスに入れ忘れたまま、空港に向かうバスに乗り込んでしまったのだ。2度、会社を辞めようと思った。

▽「年金ツアー」が大当たり
 転機は横浜支店時代に訪れた。大東さんが開発した「年金ツアー」が大当たりしたのだ。ツアーへの参加資格を年金受給者に限定し、ツアー料金の大部分をツアー終了後、年金で分割払いできるようにした。「元気なうちに海外旅行をしたいが、現在はお金がないというお年寄りのニーズに応えました。2万5000人くらい、このツアーに参加したと思います」
 年金ツアーのヒットで1982年、本社の海外旅行・ルック営業本部商品開発課に引っ張られた。84年には新しい組織の「市場開発室」に配属された。「全社的に新しいことをやろうとしていました。私のような風変わりな人間がかき集められました」。活躍の場を与えられた大東さんの才能が花開いた。84年に旅行積み立て「たびたびバンク」、87年にデパート共通商品券「ナイスショップ」を世に送り出した。

▽JTBの無借金経営に寄与
 現在、「たびたびバンク」の契約者は50万人、預かり金は約800億円、「ナイスショップ」の残高は約500億円。「『ナイスショップ』の場合、平均して半年間は商品化されません。この間、JTBに資金が滞留します。JTBは無借金経営ですが、『ナイスショップ』が、これに寄与していると思います」。
 日本で銀行にお金を預ければ、海外のATMでご自分の口座から、いつでも自由にお金を引き出せる「国際キャッシュカード」も大東さんが開発した。「日本の銀行は企画力がなく、フットワークが悪い。他の業界との提携にも消極的です。そこにビジネスチャンスがあると思いました」

▽「シビレル」仕事をしたい
『バンカーズパートナー』は、「国際キャッシュカード」の運営サポートをメーンの業務としている会社だ。社内ベンチャー制度を立案して自ら応募し、設立した。「自分で会社を作れば、臨機応変に対応できますから。例えば、旅行客が、海外のATMにカードを入れてもお金が出ない事故が発生したとします。旅行客にはすぐにお金を貸してあげなければなりません。でも、大きな組織ではさまざまなセクションの決済が必要で、旅行客の差し迫ったニーズに対応できません」
 「ルーティンワークは嫌いです。自分の刺激のために『シビレル』仕事をしたいと思ってやってきました。これからもそうするつもりです」。ただし、「はみ出し社員」ではあるが、組織からスピンアウトはしない。「大きな組織には、未活用の資源があります。また、組織には信用力がありますし、活用のチャンスが必ずあります」

▽あくまでも個人として付き合いたい
 JTBという大組織の中で、なぜ大東さんのような生き方が可能なのか。大東さんのポリシーが凝縮されている「バンカーズパートナーの社内基本方針・モットーと具体的行動」に、この疑問を解く鍵がある。参考までに紹介する。言葉にするのは簡単である。でも、実践するのは大変なことだ。
 Iの「互敬」。彼はJTBという大組織の中で「さんづけ」を実践してきたという。「『社長』とか『部長』とか『長』をぶら下げた人と話すより、あくまでも個人として付き合いたいからです」。自分の会社で、社長に向かって「○○さん」と本人に向かって、いうのはかなりの勇気が要るはずだ。

 【バンカーズパートナーの社内基本方針】
 ■モットーと具体的行動
@ 自立 他人に頼らず自己責任で自己管理。数値管理も
A 積極 自由闊達に発言し行動する。関係者を主導して仕事を進める。
B 実質 無駄を排除。形式にこだわらない。理屈よりも現実。できることからやる。仕事は いつでもどこでも。
C 実績 方法は多様でいい。実績に対する公正な評価。半期毎の雇用契約。
D 客観 お客様にとってどんな価値があるのか。社会に役立つのか。競合力があるか。対価に見合っているか。相互評価。
E 企画 常に改善に努める。問題意識を持つ。あるべき姿を描く。目標に挑戦。時限で取り組む。
F 独創 研鑚、学習。自分ならでは。基本的な考えを持つ。規模の大きさを求めない。
G 協働 自分のできること、他人にやってもらうことを切り分ける。専門性をもつ人と協力。
H 共有 社員の行動基準・業務明細・業務計画、会社の経営数値を社内に公開。良好な 情報交換。自分の経験や考えを仲間が活用できるように。
I 互敬 さんづけ。助けあう。磨きあう。貢献に応じた収益分配。

▽真似はできなくても、学ぶことはできる
 広島県の中ほどに位置する、四方を山に囲まれた寒村に生まれた。「隣家は最低100メートル、離れており、私の家から小学校へは1.5キロメートルの道のりでした。故郷の広島に帰る気持ちはありません。友達もいませんし。これから『国際キャッシュカード』を大きく育てたいと思っています。自分は『バンカーズパートナー』の社長であり、出資者でもあります。将来、社長を辞めることがあって、取締役として残ります。気力と体力が続く限り、最後まで働きます」。大東さんは自分の居場所を、これからも自らが開拓した「バンカーズパートナー」に定めた。
 開発マンの心構えについて大東さんは、自分のHPで次のように述べている。「良い開発をするには、究極的には開発マン自身の能力開発に尽きる。あらゆる資源を生かすも殺すも人の能力であり、それは無限の可能性を秘めている」。励みになる言葉だ。大東さんの生き方の「真似」は、できないかもしれない。大東さんは「オンリーワンの世界」の住民だからだ。でも、自分の本来の居場所探しをする上で、その生き方から「学ぶ」ことはできる。
                                       (了)

 

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