2005
vol15

 シリーズ・団塊世代よ、帰りなん、いざ故郷へ!
 
第15回「『下総台地の詩(うた) わが故郷への応援歌』を立ち上げ」

 このほど、ココログに「下総台地の詩(うた) わが故郷への応援歌」を立ち上げました。昨年末の「第1回団塊サミット」(団塊世代よ、帰りなん、いざ故郷へ!―セカンドライフの一つの選択肢―)で、培ってきたノウハウを故郷、住んでいる地域、大切思う場所の活性化のために使ってみてはどうか、と提案しました。今回のブログ創設は、この提案の自らの実践活動の一環です。
 「下総台地の詩(うた) わがふるさとの応援歌」のカテゴリの一つに、下総台地に関する情報やご意見をいただくコーナーとして「地獄耳」設置しました。ブログを充実させ、故郷の活性化のお役に立つことを念じております。ご協力のほど、よろしくお願いいたします。
□「下総台地の詩(うた) わが故郷への応援歌」
http://shimofusadaichi.cocolog-nifty.com/
□「地獄耳」
http://shimofusadaichi.cocolog-nifty.com/kt/cat4231095/index.htm

実家のキャベツ畑 利根川と夕陽

■わが故郷は下総台地
 わが故郷は下総台地−。私が生まれた東庄町は、千葉県北東部に位置し、東京から約80キロの距離にある。低地は水田、平地は畑、丘陵地は森林地帯となっている。北端を利根川が走り、豊かな水量を太平洋に注ぎ込む。自然が豊かな町である。だが、1980年に約18、500人だった人口 は現在、約17、000人に減少、緩やかな人口流出が続いている。

東庄はかつて橘庄と呼ばれていた。地名が変わったのは、鎌倉幕府創設者の源頼朝に「常胤(つねたね)は第二の父である」であるといわしめるほど絶大な信頼を得た鎌倉幕府、屈指の御家人、千葉常胤の六男・胤頼が、東庄周辺の領主となり「東」を名乗ったためだ。
 浪曲や講談で有名な笹川繁蔵と飯岡助五郎、二人の侠客の勢力争いの物語である「天保水滸伝」の舞台でもある。当時、利根川が物資輸送の大動脈で、利根川に近い笹川地区が、流通の拠点になっていたと思われる。

 下総大地の地層は関東ローム層。関東地方周辺に位置する富士山や箱根などの火山から噴出した火山灰が1万年以上もの長い時間をかけて、堆積してできた地層だ。畑の土は黒く、ほくほくしている。甘くて美味しい野菜が収穫できる。私はこの土に愛着がある。「地力」を生かした故郷の活性化を願っている。このサイトから「応援歌」を送りたい。
(「下総台地の詩(うた) わがふるさとへの応援歌」より)



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