【9】  聖護院ダイコン 
     ―さらば、香しの大地―

 六国見山の中腹の畑を借りて、昨年から家庭菜園を始めた。自宅から歩いて2、3分の距離にある。この秋すごく嬉しいことがあった。形のいい青首ダイコンと丸々と太った聖護院ダイコンが収穫できたのだ。「ダイコンなんて簡単に収穫できる」とたかをくくっていたが、なかなかうまくいかなかった。
 今年は土を深く耕し、種をまく前に石灰とたい肥をたっぷり入れた。土作りに注意を払った。満を持して8月下旬、この土と豚ぷんをよくかき混ぜて種をまいた。農薬を一切使用しなかったのに、芽が出てから収穫まで、不思議なことに虫が全く付かなかった。不思議といえば、ダイコンの隣で一本のミニトマトが、自生し、つぶらかな赤い実を付けた。
 野鳥が種を運んできたのだろうか。最初はひょろひょろしていた。抜いてしまおうかと思ったが、かわいそうなので、肥料を与えた。それ以後は、すくすくと育った。赤い実を口にすると昔、田舎で食べた懐かしいトマトの味がする。ガリッとした歯ごたえで、少し青臭い。

 収穫の喜びもつかの間だ。ダイコンとミニトマトを収穫した畑は今年12月いっぱいで、地主に返さなければいけない。来年春から、宅地開発工事が始まるからだ。
 借りた当時、畑は雑草で覆われていた。1週間にわたって、午前4時に起き、出勤前の3時間、”開墾”に汗を流した。「開拓民って、こんなだったのかな」と一人悦に入っていた。
とても残念だ。せっかく土ができてきたのに。借りた畑一帯は円覚寺の裏手に当たり、里山の風景を色濃く残している。春はヤマザクラ、秋は紅葉に囲まれて、とても気持ちの落ち着く場所だ。地主さんは宅地開発をしなければ生活を維持できないほど追い込まれているのだろうか。相続税や固定資産税の支払いが、大変なのであれば、鎌倉市に貸して、市民農園にする方法もあるのではないのか。税金が免除されるはずだ。畑が宅地化されると湧水の出方にも影響を与える可能性がある。
 ここから数十メートル下では、大本組の宅地開発が進行中だ。二つの場所で、新しくできる宅地は合計すると約150宅地になる。不況でもあるし、供給過多になれば、思い通りに宅地が売れないことも考えられる。実際、私の自宅の周辺では宅地開発したものの、売却できないまま、財務局に物納された宅地が少なくない。

 宅地開発に向けた手続きは、既に終わってしまった。でも、”開墾”していた時、鍬を入れる度に六国見山の大地から、沸き上がってきた香(かぐわ)しい土の臭いが今も鼻に残る。この香りともども六国見山の魂の一部が、コンクリートの下に封じ込められる。地主さんたちに再考の余地はないのだろうか。

 

まるまると太った聖護院ダイコン

耕作終了を告げる立て看板

自宅近くの物納された宅地

春はヤマザクラに囲まれる

 

もどる