歴史的建造物の残し方はさまざまー長崎からー 
                Webマガジン・サラリーマンスタイルドットコム代表 平野恵子


 

 マイ・オピニオンの「失われていく北鎌倉の街並み」を興味をもって読みました。
 街並みが変わったり、古い建物が取り壊されていくことは、現在の日本人にとって、唯一の確かさである個人のささやかな歴史や「精神的なよりどころ」まで消えていくということでもあり、喪失感を増大させると思います。正田邸保存の声も、単に、建物の価値や皇后様のご実家というばかりではなく、庶民共通の思い出のシンボルがなくなるという危惧から出たものとも思えます。
 とはいえ、中高年のセンチメンタリズムに付き合っていては、失速した日本経済の建て直しに貢献できない!という声も、乱暴ではあっても無視はできないものでしょう。先祖代々の土地建物を売却しなければならない持ち主の方には、傍ではわからない苦悩があるのも事実だと思います。
 環境や景観の問題は、身近にあって、善悪では割り切れない複雑な問題ですから、しろうとの私が、論を述べる立場ではないのでしょうが、ご紹介したいこともあり、投稿しました。

▽長崎の洋館保存例
 私は、長崎市に住んでいます。
古い歴史をもつ鎌倉に比べれば、たかだか日蘭修好400年という歴史ですが、その異国との交流の歴史を観光資源としている街です。山に囲まれた入り江の街で、平坦地が乏しいため歴史的建造物や史跡となるべきものが残りにくい土地柄です。それでも、コロニアル式木造洋館やレンガ造りの洋館などが、まだまだ街中に残っています。
 そのようななかで、いくつか、特徴的な保存の試みが実践できているものを紹介します。

▽市民運動で残した旧香港上海銀行
 1つは、旧香港上海銀行の建物。
 これは、長崎で一番大きい洋館ですが、銀行閉鎖後、警察署になり、建て替えの話が持ち上がった10数年前、市民運動によって、現在の地に残ったもので、今は、市の観光施設として、一般公開されています。
 この施設の特長は、17時の閉館後や休館日は、1階のフロアを会議や音楽会、パーティー会場として、低料金で市民に開放してくれることです。利用する人は、閉館後、展示物のかたずけをして利用し、終わったら再展示の作業をしなければいけませんし、歴史的建造物ですから、火気厳禁という制約がもちろんあります。それでも、ジャズの演奏会やミステリークラブのパーティなど、雰囲気のあるイベントに人気です。

 2つ目は、東山手洋館群と旧雨森邸。
 これらは、すべて、集合住宅や個人宅だったもの。行政が買収したり、土地の売却時に取り壊される予定だった建物のみ寄贈してもらい、移築(雨森邸)したものです。はっきりとしたことは知りませんが、それぞれに、老朽化、相続税問題、売却など、今回の北鎌倉に良く似たケースがあったのではないでしょうか。
 現在は、街並み保存資料館や市民団体運営のエスニック料理食堂、国際交流館として、活用され、にぎわっています。

▽時代に即したマイナーチェンジでITベンチャーに貸室中
 3つ目は、私が事務所を置いているレンガ造りの洋館。
 大正初期の建物で、当地の資産家の邸宅が、その後、市に寄贈され、市長公舎になり、美術展示場や事務所として使われてきましたが、現在はなんと、「長崎市ベンチャー支援センター」として活用されています。

 外観や中の造りはそのままに、老朽化した部分を修理し、カーテンをブラインドに替えたり、ブロードバンド回線を引き入れるなど、機能的なマイナーチェンジを加えて、ITベンチャーへの貸し部屋として運営されています。
利用したい人は募集がかかったとき、事業計画書の提出とプレゼンテーションを行い、審査に通ったら2年間の期限付きで入居できます。
 1部屋の広さは、10m2から、15m2くらい。行政運営のものにしては珍しく、入居者は24時間利用可能。セキュリティーは、警備システムと入居者による自治。当然、若い人の出入りも多くなっています。

▽不便さとの同居は覚悟のうえで活用する
 と言えば、良いことづくめのようですが、歴史的建造物に入居するということは、それなりの不便を覚悟の上でもあるのです。
 まず、火気は一切厳禁です。
煙草は、入居者・来客の区別なく、冷暖房もない喫煙コーナーでしか吸えません。
コンロや湯沸かし器など炊事設備なし。たった1個の家庭用電気ポットのお湯が入居者全体のお茶やコーヒー、インスタントラーメンのお湯の供給源です。もちろん各部屋でコーヒーメーカーなど使えません。
館内に自動販売機はありません。飲食は近所のお店を利用する方針です。
自室や館内の交流室でお弁当を食べたり、パーティーをすることは自由です。しかし、そのゴミは、各自で仕分けし、ゴミ収集日まで、各自の部屋に置いておくか、自宅に持ち帰るかです。各部屋から出るゴミは各自が責任を持って処理するのが原則。
トイレや共有スペースは週3回ほど清掃会社の人が清掃してくれますが、各部屋は自分たちで清掃です。もちろん、エアコンのフィルターだって、各自で洗います。

▽「心のよりどころ」のために、犠牲を払うことも必要。
 いかがですか、歴史的建造物を利用するということは、それなりに多くの不便が伴うのです。
 ならば、無人で文化財として保存すればいいとのご意見もあるでしょうが、建物は人の営みとともにあってこそ、長持ちすると思います。
不便も、慣れればたいしたことではなくなります。古びた洋館に出入りする鼻ピアスのおにいちゃんやパソコンを持ったおじさんというミスマッチも、最近では地元に受け入れられてきたようです。

街並みや歴史的建造物も 既成概念を取り払った活用方法と、景観を残すことで有形無形の恩恵を受ける人たちが少しのリスクを覚悟すれば、なんとか現状維持できるものも多いのではないでしょうか。


 遅ればせながらですが、「心のよりどころ」を守るために、行政、企業、市民の区別なく、各人が少しづつの犠牲を払うことが必要なのだ!と、覚悟しちゃいましょう。
「それも案外清々しいものだ」と、思える時代が、そこまで来ているのかもしれません。

<参考>
・長崎市ベンチャー企業支援センター
http://www1.city.nagasaki.nagasaki.jp/kogyo/venture/

・サラリーマンスタイル・ドット・コム
 http://www.salaryman-style.com/
 (本サイト管理者が連載コラムを執筆中)

 

 

旧香港上海銀行 
東山手洋館群 
町並み保存センター(旧雨森邸
長崎市ベンチャー支援センター
センターの裏側
交流室・勿論インターネットに接続できる
木製ドアとカラーコピー機が同居

芝生の裏庭・
日向ぼっこで読書に最適

 

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