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 ◇工房「杢(もく)」―「木に魅せられた二人の男」との再会2―

  「初の個展となります。皆様のご来場を心よりお待ちしております」。
こう印刷した葉書に「お久しぶりです。是非ともお出掛けください」と直筆のメッセージが書き込まれていた。差出人は工房「杢」代表の牛嶋保夫さんだ。彼との合いは、下記の「いまだに教師をしている」に書いてある通り、アフリカ原産のアサメラで作られた座卓購入がきっかけだ。個展の場所は東京駅近くの「田中八重洲画廊」。

 「木が本来持っている力を、人間の暮らしの中に取り入れたい」との思いでつくる牛嶋さんの家具は、単なる家具ではない。創造性があるし、人間の心を和ませ、癒してくれる。わが家のリビングに「鎮座」している座卓は、購入時に比べて、だんだんと色合いが濃くなり、渋みを増している。「木は呼吸をしている」。ある時、このことに気付いた。

 JUON(樹恩)NETWOR理事で全国大学生協連専務理事の小林正美さんと再会してから約2週間後の11月30日、時間をやりくりして「田中八重洲画廊」を訪れた。画廊全体が、木の素晴らしい香りに包まれていた。牛嶋さんと「生徒」のつくった家具は、「家具」ではあるけれども画廊に出展するに値する「作品」だった。「石の文化」ではなく、「木の文化」が根付いた国に生まれたことを幸せに思っている。


 

*工房「杢」
〒240-0115 神奈川県三浦郡葉山町上山口2288
電話 0468-78-8510(工房)
   0468-78-9153(ショールーム)


 

*「木に魅せられた二人の男」
いまだに教師をしている 牛嶋保夫・工房「杢」代表

 牛嶋さんとの出会いは、座卓購入がきっかけだった。
 自宅のリビングに置く、がっちりとしたテーブルが、ほしいと思っていた。ある時、妻が横浜のデパートに展示してあった座卓で、いいのがあったといっていた。値段が張るので、自分の一存では決められないので、一度見てほしいと言われたが、デパートの展示期間は過ぎてしまい、座卓の件はうやむやの状態になってしまった。
ところが、葉山方面にドライブに行った時、妻が「杢」に寄って欲しいといった。この時、妻の気に入った座卓が、牛島さんの作品であることが分かった。工房を訪れて、問題の座卓を見て、言い知れぬ感動を覚えた。まだ、加工していない幅一メートル、長さ二メートル強の巨大な厚みを持った板だった。重さ百五十キログラム。お相撲さん一人の体重に匹敵する。木の種類はアフリカ原産のアサメラだった。
 私は当時、地元のテニスクラブの会員になりたいと思っていた。しかし、座卓の魅力に抗することはできず、座卓の購入を即断した。加工を終えた一週間後、牛嶋代表が、若い従業員二人を伴って座卓を自宅に届けてくれた。部屋に運び込む様子を見ていると、単なる経営者と従業員の関係ではないと思った。後日、牛嶋さんに会って、確かめてみた案の定、牛嶋さんは、かつては高校の国語の教師で、従業員は他の職業遍歴を経験し、目的意識を持った若者たちだった。給料が安い(牛嶋さんは、絶対にそんなことはないといっている)のに牛嶋さんを慕って、働いている。「今学校で求められているのは、抽象思考。オウム真理教に取り込まれてしまったり、頻発する『十七歳』の少年犯罪の背景になっている。教師として気になり、生徒に直接的な体験を持たせようと努力したが、叶わなかった」。
 それで教師を辞めた。教師生活への疑問と当時参加していた市民運動の問題が重なり、ひどく疲れてしまった。「慢性的な疲れは、サウナや温泉に行っても、泳いでも取れなかった」。
そうした時、牛嶋さんは木に癒された。「葉山町の公園に生えていたサクラの大木の下で休んでいたら、気持ちが良くなった。木に癒された。肉体的な感覚で、木との相性の良さのようなものを感じた。原型は三十歳のころのアフリカ旅行にあるのかもしれない。タンザニアからザンビアまで、えんえんと汽車に乗って走り続けた。その時、見渡す限り生えていたバウバブの木に目をやり、はたと気付いた。バウバブの木は皆違う。人間だってそうだ。タンザニアの小学校で校長に『日本ではたくさんの子どもが自殺する』と言ったら、『自分の国に希望がないからだ』と言われた。この言葉は今でも頭から離れない」 

 四十歳近くになっての転職で、しかも木工は独学だ。「細かい細工はできない。技術をカバーするため、力のあるいい材料の木を使う。家具を作るというより、木が本来持っている力を、人間の暮らしの中に取り入れたい。若者と一緒に仕事ができてありがたい。いまだに教師をやっているのかもしれない」。教師は辞めたが、牛嶋さんの生き方からは「天職」意識を貫こうとする真摯な姿勢が伝わってくる。

*「「木に魅せられた二人の男 いまだに教師をしている」は「北鎌倉発 ナショナル・トラストの風」に掲載されています。
http://member.nifty.ne.jp/Kitakama/7/7.html


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